シャングリラ をこじらせる
机に突っ伏してチャットモンチーを聞く。通常回である。
チャットモンチーの名曲のひとつに『シャングリラ』がある。アニメ『働きマン』のエンディングテーマだったためご存知の方も多いのではないだろうか。僕が新入社員の頃、「頑張ります!」という意味を込めて両手の中指と人差し指をおでこに当てる『働きマン』のあのポーズをとっていたら全員に無視されたでお馴染みの『働きマン』である。この曲を聴き続けて10年以上にもなる。10年以上も聴いていているのにわからないことがある。
「シャングリラ」ってなんだよ。
この曲は、さも当然かのように「シャングリラ」というワードから始まる。ずっと、訳もわからず「シャングリラ」を受け入れてきた。「いい曲だよね〜シャングリラ。メロディがキャッチーで、ベースのビート感が気持ち良いし、拍がひとつ増えたり、減ったりするところもいいよね〜ぐへへ」と訳知り顔でぬかしている。しかし、この曲の本質たる「シャングリラ」について全く理解していないのだ。
このモヤモヤを簡単に解決する方法がある。調べれば良いのだ。インターネットには万物の答えがある。猫も杓子もインターネット上では丸裸だ。スマートフォンでちょちょいと調べれば分かることであるが、一旦スマホを川に落として、もっとこの知らない状況で遊んでみよう。
シャングリラシャングリラ、舌触りが心地いい。音の響きがどこかコミカルである。
シャングリラシャングリラ、語感から何か、豪奢な照明という感じがする。綺麗な洋館の天井にシャングリラがキラキラと輝いている。完全にシャンデリアに引っ張られている。シャングリラシャングリラシャングリラ、毒リンゴを食べたのは?―無用心―
歌詞を見ると、「シャングリラ」とは人のことらしい。シャングリラさんに向かって、幸せだって叫べだの、叱りながら愛してくれだの、泣き顔を見せろだのと投げかけている。僕もシャングリラに「泣き顔見せてよ!」と言う背の低い女の子になりたい。
歩き慣れていない夜道をふらりと歩く。
隣ではシャングリラが背の低い私の小さな歩幅に合わせるようにゆっくり歩いている。3月の冷たい風が足を撫でるが、繋いだ手はシャングリラの暖かさに包まれている。高校からの帰り道、遠回りして駅へと向かうのが私たちの日課だ。私たちは右左にコロコロと猫のように気まぐれに進んだ。
蛍光灯がシャングリラの横顔を照らしている。私よりも長いまつ毛が乙女のプライドをえぐるが、そこもまた愛おしい。
「今日さ、坂本が遅刻して来たじゃん。授業の最中なのに前の扉から入ってきて『おはようございます』って大声で挨拶して普通に席ついて。あれぐらいの強メンタルになりたいわ」
シャングリラは明るい調子で言った。シャングリラは常に明るく朗らかな雰囲気を纏っている。丸めた紙のシワが取れないのと同じように、いつでもクシャっとなる笑顔を周囲に、そして私に振りまいている。
「坂本くんメンタル強いよね。『空いてないと死ぬ』の一本槍でピアス穴を学校に黙認させてるし」
シャングリラはからからと笑った。シャングリラは部活やテレビや先生のことについて語った。いつもの調子で面白おかしく、楽しげである。しかし、私は知っているのだ。シャングリラが学校で貰った進路希望調査用紙をぐちゃぐちゃに丸めていたこと。シャングリラはいつもそうである。弱い部分を私に見せない。そして、いつもひとりで抱え込むのだ。
少しの沈黙の後、私は意を決して口を開いた。
「あのさ、シャングリラ、あ、いや、あのさ、大丈夫?」
シャングリラは一呼吸おいて明るい調子で答えた。
「何が?あ、期末テストの話?あとは物理の中村に頭下げればいいだけだよ」
やはり予想通りである。シャングリラは自分の弱い部分を見せまいとおどけて誤魔化すのだ。知っている。それがシャングリラの優しさなのだ。その冷たい優しさに私は口籠ってしまった。
「水野、なんかあった?」
彼は落ち着いた声で言った。私は立ち止まった。
「どうした?大丈夫?」
シャングリラが俯く私の顔を覗き混んでくる。私は顔を上げてシャングリラの耳に触れた。ひどく冷たい。
私はシャングリラの弱いところも含めて好きなのだ。私はシャングリラの人生にちゃんと関わりたいのだ。泣き顔も困り顔も見せて欲しいのだ。でも、シャングリラが弱いところを見せたくないと思っているなら黙っておこうと思う。シャングリラも黙っているからおあいこだ。
私はシャングリラの胸に顔を埋めた。シャングリラの心の寂しさが痛い。心臓がドクンドクンと血を巡らす音が聞こえた。
なんかクラムボンみたいな文章になりました。「シャングリラ」って理想郷とかユートピアみたいな意味らしいです。勉強になりましたね。