緑黄日記

水野らばの日記

お料理対決をしたい

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夏休みの昼下がり、僕は冷房の効いた6畳の部屋でグダグダしていた。


ベッドに寝っ転がって、可愛い女の子が朝食を作るだけの動画を見る。ああ、可愛いくて万人に愛される背の低い女の子になりたい。背の低いミステリアスな美少女たる僕の笑顔を取り戻すためにたくさんの人が冒険に出てほしい。窓の外では透き通るような青い空に真夏の太陽が燦然と輝き、京都の街を遍く焼いている。


くうくうとお腹が鳴った。そういえば、朝から何も食べてない。空腹をあやすため、「カップ麺でも食べるか〜」と誰に言うでもなく呟き、6畳を這い出して台所に立った。

 

おや?

 

流し台とコンロの間のスペースにカップラーメンの容器が置いてある。どうやら開封済みであるらしい。自問するが心あたりはない。蓋を開け、中を覗いてみると、水を吸ってぶよぶよ膨れた麺が水の中に浮いていた。驚いて「ひっ」と声を漏らした。そうして、これが何であるか理解した。

 

これ朝食じゃんか。

 

今朝、起き抜けの空腹をあやすために「カップ麺でも食べるか〜」とお湯を沸かし、カップラーメンの包装を解き、お湯を注いで出来上がりを待っていた。そして、あろうことかカップラーメンにお湯を注いだことを忘れて、可愛い女の子がクリームソーダを作って飲むだけの動画を見て、「あ〜、可愛い女の子になってクリームソーダにさくらんぼを添えてぇ〜」とのたうち回っていたら、3時間くらい経ってしまったのだ。生活力がないとは思っていたが、まさかここまでとは。これでよく生命活動を維持しているものだ。現代でなければ、路傍で息絶えている。


自嘲しつつ、麺をかき混ぜてみる。流石に食べるのは控えた。夏のキッチンは腐海である。最近、ちっちゃい王蟲を見た気もする。ペニシリンを発見したフレミングよろしく、何か歴史的な発見はないかとカップラーメンをまじまじと観察してみたが、特に何もなかったのでゴミ箱送りの刑に処した。この場合、真に処されるべきは僕であるが。

 

 

僕は『食』に対する興味が薄い。これに元来の人生下手が相まってこのような痴態を演じることになる。以前、冷凍チャーハンを温めようと、冷凍チャーハンを手に電子レンジを開けたら、中に冷凍チャーハンが入っていたことがある。この時ばかりは親に電話を架けようかと思った。


『食』への興味の薄さ、これは味覚が終わっていることが主な要因である。わさび醤油ドレッシングをかけたサラダはお寿司の味がするし、ご飯にマヨネーズをかけて食べるとツナマヨおにぎりの味がする。牛肉と豚肉の判別はつかない。葉物の野菜はトラップである。


食べ物を口に含むと『美味しい』とは感じる。好きな食べ物も嫌いな食べ物もある。好きな食べ物はランチパック、食べ易いから。嫌いな食べ物は焼き魚、食べ辛いから。


しかし、どんなに『美味しい』食べ物を食べても舌周辺のテンションがさほど変わらないのである。漁港近くの海鮮丼も、和牛のステーキも、結婚式場で出されるフランス料理も『美味しい』とは思うが、その『美味しい』はマックのお月見バーガーと同レベルの『美味しい』なのだ。僕の味覚の感度はヒロインが追いかける男の子のように鈍く、味の差異が感じ取れない。


極論ではあるが、「ご飯ってそんなにおいしくある必要なくない?」と思っている。当然の帰結として『食』への興味は薄くなり、自炊も外食もせず、冷凍チャーハンやカップ麺やランチパックを食べる生活になる。先の春に買った包丁はアボカドを一個切ったところで待機を命じられている。

 

『食』への興味が薄いため自炊を全くしないのであるが、料理自体は楽しめるような気がする。『食』の味覚、嗅覚以外の部分に価値を付与する料理のエンターテインメント感は好きだ。例えば、料理における彩、盛り付けなど。これは愛でもある。


自分ひとりだけが食べるのでなければ、誰かに振る舞うのであれば、料理をするのに吝かではない。エンターテイメントとして、料理を楽しめると思うのだ。早く、交際している背の低い女の子とお料理対決をして完敗したい。

 

「ねぇ水野くん、これは何?」
「いや、見ての通り、電子レンジ内で爆発した卵ですけれども」
「なんで卵爆発してんの?レシピに爆発させろって書いてあった?」
「書いてあったし、これで完成ですよ」
「完成品?」
「そう、完成品。どうぞ召し上がれ」

 


昼下がりのアパートの6畳に場面を戻す。

 

僕は己の無力さを痛感しながらぼすんとベッドに倒れ込んだ。Twitterを開く。もう娯楽がTwitterしかない。タイムラインを縦にスクロールしていると友人カップルが「結婚しました!」と婚姻届をふたりで持った写真をアップロードしていた。僕がカップラーメンの麺をふやかしている間に友人が結婚してしまいました。助けてください。