緑黄日記

水野らばの日記

結婚式の招待状

 

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先日、友人夫妻の結婚式があった。

 

私は挙式、披露宴、2次会に参列し、彼ら2人の前途を祝した。「結婚したいな」と思う相手に「結婚したいな」と思われている、そんな奇跡を目の前にして涙腺も緩む。私の脳内では、裸足の女性が「君と好きな人が百年続きますように」と歌っている。

 

結婚式は規模の大きいものであった。参列者が多く、中でも新郎新婦の友人と思しき若者が40人ほどいた。一般的な規模は分からないが、私の肌感覚ではかなりの大人数である。これほどまでに多くの友人らが門出を祝す結婚式は、新郎新婦のふたりがその人徳と慈悲の心と人間的魅力を振り撒きながら、真っ当に人生を歩んできたことの証左であるように思われる。

 

私はどうだろうか。

 

もしも、私が結婚式を挙げる場合、会場には誰がいるのだろうか。

 

私はこの夫妻とは違い、多くの友人らに囲まれるキャッキャウフフとした人生を歩んできたとは言い難い。他者と親しい関係を築くことが不得手で、できる限り人間関係から逃げてきた人生だ。大学時代などは、5年間(留年したので)をずっとひとりで過ごしていた。会話をする相手といえば、大学の教官か新興宗教の勧誘の人くらいなものであった。そんな私が結婚式の招待状を誰に送るだろうかということである。結婚というステージの遥か手前でポツネンと途方に暮れている私であるが、予め考えておいても損はないだろう。

 

結婚式の招待状を送る行為は、平たく言うと「私たちが永遠の愛を誓うところを見にきてください。そして祝ってください。"ヒューヒュー"とか言ってください」と要請することである。そこには少なからず傲慢さが孕む。結婚式への出席は多くの時間的、財的リソースを要する。結婚式の招待状を送るとは、列席者にそれらを押し付けることだ。このような傲慢さを通すには、相応の信頼関係が必要となる。結婚式とは誰彼構わず招待できるものではないということだ。

 

 

 

 

招待状の宛先を考えてみる。

 

どうやら私の伴侶となる女性は15人程度の友人を招待するらしい。彼女は私の交友関係の少なさを察して「無理して人数合わせることないと思うよ」と言っていたが、新郎と新婦の招待客の数に隔たりがあると座りが悪いことは想像がつく。新婦が多くの友人を招待する場合、私も相応の頭数を揃えなければならない。私は15人の招待客のリストを練り始めた。

 

まず、友人たちである。

 

上記の夫妻は両方とも私の友人である。私はこの夫妻を含む5人グループで時々遊んでいる。ちなみに残り2人はカップルだ。つまり、夫妻ワンペア、交際中のカップルワンペア、そして私という布陣である。彼らと遊ぶときなどは笛を持参し、彼らがいちゃつきだすと大きく鳴らしたりしている。彼らとはエゴを押し付けるだけの信頼関係を築けていると信じている。まず、彼ら4人のテーブルができあがった。

 

あと11人。

 

私には今でも連絡を取り合う旧友が2人いる。片方は日本の最北端に、片方は異国に居を構えているが、お車代を全額負担すれば来てくれるだろう。彼ら2人の席ができる。大きな丸テーブルは持て余すと思うので、四角い平机にしよう。

 

私の「胸を張って"友人"と呼べる人間リスト」に載る人物は以上である。ここからが本番だ。

 

あと9人。

 

あとは、家の近所にあるドラッグストアの店員さんの席を作ることにする。私は日々の食事を全てここで購入するほどこのドラッグストアに通い詰めている。ザイオンス効果(単純接触効果)と呼ばれる「接触回数を多くすればするほど、その人は好感を抱くようになる」という作用がある。この作用に則れば、現在、このドラッグストアの店員さんが最も親密であると言っても過言ではない。招待状は手渡しすれば良い。5人ほど招待しよう。

 

あと4人。

 

もう、招待できるような人間に心当たりはない。どうしたものか。

 

起居するアパートの近辺に住む野良猫を招待することにする。彼らとは毎日顔を合わせ、行きがけに「行ってきます」、帰路に「ただいま」と挨拶を交わしたり、美容院に行った帰りなどは「どうかな?」と尋ね、「ミャー」と感想をもらったりしている。お願いをすれば来てくれるだろう。

 

 

 

蝶ネクタイをした猫たちが椅子にちょこんと座っていたら可愛いと思う。

 

 

 

英語で税関を通りたい

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先の春から英語の勉強をちょこちょことしている。

 

中学・高校生の頃、私はほとんど毎日学校に通い、暴れることなく椅子に座って授業を受けていたため、英語の「読み」「書き」に関してはある程度出来る。簡単な文章であれば読むことも出来るし、簡単な文章を作ることだって出来る。しかし、英語の「聞き」「喋り」はテンで駄目だ。音声が介在すると途端に訳がわからなり、あわあわしてしまう。日本の英語教育の権化のようなステータスの振り分けである。

 

そういうわけで、手始めに苦手な「聞き」を練習することにした。本屋さんで購入したCD付きの教則本を使い、「聞き」のトレーニングを始めた。英語で繰り広げられる会話音声に耳を澄まし、テキストで会話の内容を確認する。2ヶ月もの間、このような研鑽を積んだことで、私の身にどれほどの変化があったか。

 

英語を聞くと「「あっ!これ英語だ!」と思うようになった。

 

そうである。成果は全くといって感じられない。この2ヶ月の成果は、英語か日本語かを見分けられるようになった、ただそれだけである。私の勤務する学校に英語ネイティブと推察されるブロンドの大男がおり、彼がジャパニーズ英語教員と喋っている会話を盗み聞いてみたが、なんの話をしているか全くわからなかった。ただただ「はは~ん、これは日本語じゃないね、これは英語だね」と思うのみである。その横で日本人の教員同士が日本語で喋っている。「これは英語じゃないね」

 

英語の音声を聞き取ることは何故こうも難しいのか。本当は全て嘘なのではないだろうか。

 

これほど難しい言語を人類が使いこなしているとは到底思えない。誰かが私のような阿呆を騙すために英語を創り、そんなわかるはずのない架空の言語にあたふたする私をモニター越しに嘲笑っているのではないか。もう、そうとしか思えない。おい、監視しているのはわかっているんだぞ。そんなに私を困らせて楽しいか。私は天を睨め付ける。

 

 

 

 

大学4回生の終わりにオーストラリアに行ったことがある。当時、私は留年が決まっていた。怠惰故の留年、怠惰故の新大学5回生である。そんな現実から逃げるように海外へ逃亡した。現実は足が速く、飛行機でないと逃げきれない。

 

今回の渡航は私にとって初めて訪れる英語圏であった。関西空港から飛び立ち、グレートバアリーフの玄関口たる都市、ケアンズの空港に降り立つ。歳寒の日本とは違う熱帯の雰囲気に興奮を覚える。

 

機械によるセルフサービスでの入国審査を済ませ、ターンテーブルでトランクケースを受け取り、空港内を阿保面で闊歩していると、係員に「ヘイ、ボーイ、お前はこっちね」と声をかけられた。そして、彼に促されるままに周囲の入国者とは異なるカウンターに通される。「えっ、日本に強制送還ですか?なんで?怠惰故に留年したから?」と怯えていると、あることに思い当たった。恐らく、出入国カードの「薬の所持」の欄にチェックを入れたためであろう。私はアトピー性皮膚炎を患っており、特に当時は状況が酷かった。塗り薬を多く携帯していたため、それを申告していたのである。

 

税関でブロンドのお姉さんに声をかけられた。

 

「バッグの中を見せてくれない?」

 

もちろん英語である。ニュアンスで彼女の意向を理解した私は無言で頷き、リュックの中身を台の上に出していく。すると、彼女は私がリュックから取り出した塗り薬を指して「これは何?」と問うた。私は言葉に窮した。何と言っていいかわからないのだ。冷静に考えれば、「めでぃすん」くらいは言えた(これも間違ってはいる)だろうが、私は人生で初めて英語ネイティブと対峙しているこの状況に緊張し、ひどく動揺していた。

 

会話のターンは私にある。しかし、私はテンパってあわあわとしてしまっている。何か返さなければと、足りない脳を回転させる。そして、喉を締め付け、かろうじて声を発した。

 

「ヒフ、カユイカユイダカラ、ヌル、ヒフ、ダイジョウブ」

 

片言の日本語で喋ってしまった。

 

私が片言になる必要は全くない。英語を喋ることができなくてもやりようはいくらでもあったはずだ。しかし、私は持ち前の操縦下手と英語力の無さを露呈させ、なぜか片言の日本語を発したのである。

 

税関は通れた。通れるのか。

 

 

 

 

私の阿保ぶりは、モニター前の観察者の間で話題になっていたと思う。

 

 

プロポーズ専門学校

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「初めて出会ったとき、直感的に"この人と結婚するんだろうな"と思ったんだよ」

 

結婚をした古い友人がそんなことを言っていた。

 

所謂『運命を感じた』というやつだ。初対面の人間に対して、直感的にビビッとくる。自身と相手の行く末をまるで見てきたかの様に思い描くことができる。読者諸賢もこのような言説を聞いたことがあるだろう。もしかしたら経験のある方もいるかもしれない。

 

そして、私である。私にはこのような瞬間が1ヶ月に1度くらいのペースで訪れる。

 

カフェの店員さんにコーヒーを差し出されたとき、古着屋の店員さんに「よくお似合いです」と言われたとき、道行く女性に落としたイヤホンケースを拾ってもらったとき、日常のあらゆる場面で「あっ、自分、この女性と結婚するんだろうな」と直感的にビビッときている。目と目が触れ合ったその瞬間、雷鳴が轟き、風は荒れ狂い、海はうねり、豪雨が降り頻る、天空では龍が咆哮し、地上では人々がええじゃないかを踊り狂う、そのような衝撃が全身を駆け巡る。脳内では、温かな光が差し込む教会でウエディングドレスを着た彼女と向かい合う光景が捏造される。

 

自分の直感センサーの当てにならなさたるや。我ながら惚れっぽいにも程がある。寅さんかよ。この前なんて、テレビで見かけたエマ・ストーンさんに対して「私、この人と結婚するんだろうな」と運命を感じた。惚れっぽいというか、ただの阿呆である。このように女性との運命を確信しては、その女性が目の前に再び現れることを期待してソワソワとしている。「杞憂」とは私のためにある言葉だ。

 

しかし、これは「まだ」なだけかも知れない。運命とはどこで交わるかわからないものである。ビビッときた総数が多いということは、それだけ交わるかもしれない運命の数も多い。つまりは確率が高いということだ。そんな私なので、そろそろ有事に備えておいた方が良いのかもしれない。有事とはつまり、プロポーズである。

 

世の中には夫婦が数多存在する。その分、プロポーズも多くあったことだろう。愛するふたりが結婚を決める、この事象が自然的に起こるとは考えにくい。片方が結婚を提案し、そしてもう片方が了承する。そんな流れがあるに違いない。人間のコミュニケーションの本質は交渉、そしてそれに合意することにあるのだ。私とまだ見ぬフィアンセとの間にはプロポーズというイベントが必ず訪れる。今のうちから考えておいても損はない。

 

私は思案する。果たして、プロポーズなるものはどのように執り行われるのだろうか。

 

私は、今日に至るまでプロポーズをしたことは一度としてない。そればかりか恋愛における妙味を知らずにここまできてしまった。プロポーズをする側、される側の立場があるのはわかる。恐らく、私はプロポーズをする側の立場となる。そんな気がする。そうであれば、プロポーズをする側の人間はどういったプロセスを経てプロポーズまで辿り着くのだろうか。

 

恐らく、プロポーズを決意した人間は、まず『プロポーズの言葉』を考え始めるだろう。

 

どのような文言で結婚の交渉を行うか、これの如何によってこの交渉が合意に至るか、それとも決裂に潰えるかが決まる。まずは自分でプロポーズの言葉を考えてみる。「私と結婚しませんか?」という趣旨をエレガントかつ、自分らしい、洗練された言葉で伝えようと適当な言葉を探す。国語辞典を引き、インターネットで[プロポーズ 言葉]と検索もかける。英語にしてみたり、フランス語にしてみたり、シェイクスピアを引用したりもする。短歌を作ってみたり、短編小説を作ってみたりする。無論、わけがわからなくなっている。この時点での案は、モンゴル800の『小さな恋のうた』のサビを歌いながら婚約指輪を差し出すというものだ。

 

そんな折、インターネットで『プロポーズ専門学校』なる学校を見つける。通称『プロ専』。縋るような思いで、『プロ専』の門を叩く。ここでは、プロポーズを控えた人間がプロポーズについて学ぶ。プロポーズの歴史から当日のデートプランまで、プロポーズに纏わるあらゆる事柄について講師に叩き込まれる。ある授業において『プロポーズの言葉』を考える。待ってましたとばかりに「モンゴル800の『小さな恋のうた』のサビを歌おうと思っているんですけど」と講師に告げる。「てめえ!プロポーズなめてんのか!」という言葉と共に鉄拳が飛んでくる。そして、ついに『プロポーズの言葉』が完成するのだ。

 

こんなことをやっているに違いない。

 

ちなみに、現在、私の考える『プロポーズの言葉』は「これからふたりで一緒に可愛くなっていきませんか?」である。据わりが悪いことはわかっている。ここから洗練させていくつもりだ。『プロ専』に通って。

故郷の星に帰りたい

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例えば、大好きなバンドのライブに赴く。

 

平日夜の開催であるため、半日の有給休暇を取得している。ライブハウスまでは電車で片道1時間以上かかるが、大好きなバンドのライブを観るためならそんなことは瑣末な問題だ。私はワイシャツの下に着込んだバンドTシャツをいつお披露目しようかとソワソワしながら電車に揺られる。ライブハウスに到着したところで異変に気が付く。やけに人の気配がない。しかも、ライブハウスに灯りがついていない。慌ててそのバンドのホームページを確認する。そして、ライブが延期になっていたことを知る。

 

例えば、冷凍唐揚げを電子レンジで温める。

 

唐揚げをラーメンどんぶりに注ぐ。私は全ての"皿の必要性"をラーメンどんぶりひとつで賄っている。タイマーのつまみを回し、パッケージの裏面に書いてある所要時間にセットをすると、電子レンジはヴーと唸り始める。私は電子レンジの前をしばし離れる。数分後、「チン」という音に呼ばれ、電子レンジのところまで戻る。見ると、ラーメンどんぶりが電子レンジの外に鎮座している。中には冷凍されたままの唐揚げが転がっている。

 

例えば、紅茶を淹れる。

 

私はやかんでお茶を沸かし、マグカップを用意する。戸棚からスティックタイプの紅茶を取り出し、包みの「キリトリ」から封を開ける。そして、流れるように切れ端をマグカップに入れ、本体の方をゴミ箱に投げ捨てる。

 

 

私はこういった冗談のような失態を頻繁に犯す。日々、ヘンテコなミスを重ね、「助けてくれ~」と思いながら生きている。

 

これらはプライベートな場だけで起こる訳ではない。職場でも同じような失態を繰り返している。ちゃんと27枚数えた書類が他の人が数えると31枚だったり、生徒と一緒に絵しりとりをしていて職員会議をとちったり、ドーナツを食べていて授業を忘れたりしている。私が医療の現場や飛行機の格納庫にいないことを感謝して欲しい。

 

こういった失態を演じたあと、私は一丁前に落ち込み、「もっと色んなことに気を付けて生きよう」と心に固く誓う。しかし、対策として「気を付ける」だけを取り入れる組織や人間は須く同じ過ちを犯す。私も例に漏れず、5分後には鍵をゴミ箱に放り込んだりしている。周囲の人間も同じようなものと思っていたが、どうやらそういうわけではないらしい。これは私に元々備わっている性質である。

 

このような失態を犯すたびに私は思う。「人間、難しい」と。

 

人間として起伏しを送ってはいるものの、常にしっくりきていない感覚がある。もしかしたら、私の故郷はこの星ではないのかもしれない。そう考えることがある。どこか遠い銀河に私の本当の故郷があり、そこから何かしらの理由で時空を飛び越え、この青色に茶色と地味なカラーリングの星にやってきてしまったのではないだろうか。こんな、貰うお金と使うお金の両方に税金が掛かるような変な星に。もう、そうとしか考えられない。早く自分の星に帰りたい。

 

私は、いつか自分の星に帰れる日を心待ちにしている。

 

そこでは、星人誰もが私のようにヘンテコな失態を重ねている。買ってきたトイレットペーパーがいつの間にキッチンペーパーになっていたり、「いつものやつだ」と乗り込んだバスが交差点を知らない方向に曲がったりなんてことは日常茶飯事である。小学生はランドセルを学校に忘れ、大人は通販で買ったケーブルの端子がパソコンに挿さらない。

 

しかし、そういうものとして社会が成り立っている。誰もそれを咎めないし、社会的にも許容されている。この前なんて、全星大統領が退任時期を間違え、任期を2年も過ぎていたことが発覚した。彼は頭を掻きながら照れるばかりであった。星人たちは「も~~」と呆れるポーズをとるものの、どこか嬉しそうである。ヘンテコなミスは愛嬌としての側面も持つのだ。私が職場で意味不明なボタンを間違えて押し、パソコンを爆発させると、影では可愛らしい同僚の女性がそんな私を見て惚れる。こんなこともあるだろう。

 

その星は爛々と輝き、私の帰りを待ってくれている。

 

世界はそのうち星野源で満たされる

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星野源の楽曲に『創造』がある。

 

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これは彼の最新曲であり、任天堂のゲーム『スーパーマリオブラザーズ』の35周年テーマソングとして制作されたものである。メロディの中に様々なゲーム音を混ぜながらも、トラックメーカー星野源としてのポップミュージックを成立させている。歌詞には任天堂の歴史を随所に匂わせ、また、「死の淵から帰った 生かされたこの意味は 命と共に 遊ぶことにある」とニューゲームを繰り返すマリオと死の間際に迫った経験を持つ自分を重ねている点も秀逸である。しかも、この歌詞の前にマリオが死んだ時の音を挿入している。もう、全てが凄まじい。言うまでもなく傑作だ。このような楽曲を創作できる星野源は流石という他ない。

 

この楽曲に初めて触れたとき、私は「こいつ、またやりやがったな」と思ったし、「こいつ、またやりやがったな」と口に出してしまった。感動し、驚嘆し、なおかつ「なんなんだお前」と憤りを感じたのである。

 

私は星野源のファンであり、彼の楽曲を好んで聴いている。彼との出会いは人気曲となった『SUN』だ。この楽曲を耳にしたとき、ポップでありながらブラックミュージックを基調としており、それがキャッチーにまとめられている音楽に心惹かれ、すぐさまCDレンタルショップに走った。そこから、彼の楽曲を繰り返し聴き、人気に比例して楽曲にかけられているお金が増えることに爆笑し、ライブのDVDを見てはパーカーのフードの立ち具合に感動し、二階堂ふみさんとのキスシーンに憤慨し、新垣結衣さんとのキスシーンに憤慨し、現在勤めている高校で生徒に「サインください」と手渡された紙に「星野源」と書いたりした。

 

そんな私であるが、星野源にはいささかムカついている。彼が新しい曲を出すたびに彼に対して「なんなんだお前」と思っている。今回の『創造』では今まで溜め込んだ「なんなんだお前」が爆発した。星野源、本当になんなんだ。この「なんなんだお前」の理由は星野源の楽曲のタイトルにある。

 

「創造」て。

 

さまざまなゲームを制作してきたゲーム会社のタイアップ作品に『創造』というタイトルを付けている。常人にはできない所業である。確かにこの作品のテーマは「ものづくり」にある。この楽曲を名付けるにあたって、この根源的、中心的テーマをそのままタイトルに躊躇なく選びとることができる男、それが星野源なのだ。この姿勢に私は「なんなんだお前」と思った。

 

この『創造』だけではない。星野源は胸を張ってその中心、根源を選び取る。ダンスと共に爆発的な人気を誇った『恋』だってそうだ。「恋」て。恋愛をテーマにした楽曲に「恋」と名付ける男、星野源。他にもギャグ漫画が原作の映画主題歌に『ギャグ』、ボディーソープのcmに『肌』、めざましどようびのテーマソングに『Week End』である。なんなんだお前は。概念にラベリングしていく神か。

 

極め付けは『ドラえもん』の主題歌である。『ドラえもん』のタイアップを依頼された星野源が作成した楽曲にどのようなタイトルをつけたか。

 

「ドラえもん」

 

神をも、藤子不二雄先生をも恐れぬ所業である。『ドラえもん』は多くのミュージシャンが主題歌を担当してきた。これから先も多くのタイアップ作品が生まれることだろう。しかし、ドラえもんのタイアップ作品に「ドラえもん」と名付けられるチャンスは一度きりである。その一度を自ら選び取れる、星野源はそういう男なのである。世が世なら「星野源」が古事成語になっている。

 

星野源がこの調子でコンテンツを総ざらいし続けると、日常のあらゆる場所に星野源が顕れるようになる。我々の歩く道は全て星野源に通じ、そのうち、世界は星野源で満たされる。「愛」「人生」「言葉」「絵」「色」「感情」「正義」「悪」あらゆる概念に星野源が宿る。そして、世界は星野源と一体となる。やがて、世界は「星野源」と呼ばれるようになる。

 

最後に星野源が引退作として出しそうな楽曲のタイトルを言って終わる。

 

『音楽』

 

星野源はこれくらいならやりかねない。なんなんだお前。

 

行かない旅行に行きたい

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旅行に行きたい。

 

旅行が好きだ。旅行は、手狭な日常の外側へと物理的にも精神的にも飛び出す行為である。日々に忙殺され、くすんでしまった魂を洗ってくれる。理不尽と不条理に満ちた仕事場でパソコンと格闘している時など、生活を構える京都盆地からひょいと飛び出したくなる。

 

学生時代などは、暇さえあれば鈍行列車に乗って、日本各地を巡っていた。松島の浜辺で佇んだり、津軽海峡を眺めたり、新潟では海の迫る駅のホームで2時間くらい座ったりしていた。今思うと海を見てばかりである。『移動距離が長い人間ほど、日々の生活でより高い幸福度を感じる傾向にある』という話がある。私は大学生の頃、友人が誇張なしにひとりもおらず、根城である安アパートの一室で天井を眺めるだけの生活を送っていた。帳尻を合わせるように不足した移動距離を旅行によって補填していたのである。

 

そんな旅行好きの私だが、ここ1年は思うように旅行が出来ていない。昨年の春頃から疫病が巷を席巻し、以前のように各地へ足を伸ばすことが出来なくなってしまった。私は「旅行に行きたい。しかし、行くのは憚られる」そんなアンビバレントな気持ちを抱えていた。

 

先日、ふと思い当たったことがある。

 

「旅行の予定だけ立てれば良いのではないだろうか」

 

旅行の計画を練る時間は楽しい。旅行雑誌や旅行情報サイトを見ながらあれやこれやと思いを巡らせる時間は格別だ。当てのない旅も楽しいが、旅行には計画を練る楽しさもある。この楽しみだけ享受し、実際には行かなければいい。そういうわけで、私は『行かない旅行』の計画を練り始めた。

 

 

私は関西空港のロビーで佇んでいた。目前のモニュメントクロックは3時を指している。

「水野くん、お待たせ!」

溌溂とした声の方向に目をやると、駆け寄って来る人影がある。白のロングスカートにブラウンのパーカーを着た女性が大きなキャリーバックを引きながら駆けてきた。

「待った?」

「全然。走らなくてもいいのに」

彼女は息を整えるように肩を上下させる。そして、視線を私の頭からつま先へと上下させ、訝しげな顔をした。

「あれ?キャリーバックはどうしたの?」

「荷物?これで全部だけど」

呆気に取られる彼女に私は胸に下げた帆布のトートバッグを指してみせた。トートバッグの中にパスポートと財布と歯ブラシとスマホと充電器が入っている。海外旅行に行くには極端に軽装だ。

「まあ、足りないものは向こうで買えばいいかなって」

これはアイドルグループ『V6』に所属する森田剛という男のオマージュである。彼には、海外に仕事で向かう際、パスポートと小銭が入ったビニール袋だけで空港に現れたという逸話がある。

「シンガポール行くんでしょ」

「そうだよ」

「やばいね」

彼女は得心した顔で話頭を転じる。相変わらず私がする奇行への飲み込みが早い。

「ごめんね。何から何まで任せちゃって。そういえば教えてくれなかったけど何泊するの?とりあえず4泊分くらいは用意してきたけど」

「とりあえずホテルは2ヶ月取っている」

私は敢えて超然と答えた。

 

このように『行かない旅行』には背の低い可愛らしい女の子を連れていくこともできる。何故なら行かないから。これまでの人生で、一緒に出かけてくれるような妙齢の女性に心当たりがあったことなど一度もない。しかし、『行かない旅行』の計画の中では因果律を操ることができるのだ。そして、2ヶ月もの間、ホテルをブッキングすることもできる。何故なら『行かない旅行』ではお金が無限だから。

 

 

シンガポールに来てから2週間が経った。我々はシンガポールのレジャーや観光地を楽しみ尽くした後、ホテルで一日を過ごしたり、インドネシアやマレーシアに足を伸ばしたりと、贅沢な時間を過ごしていた。

「明日はどうするの?」

屋台村でハンバーガーを食べながら彼女は言った。頬にケチャップがついていてもお構いなしである。

「ごめん、明後日、京都で友人とご飯に行くから一旦帰る」

「え〜じゃあ、私も一回帰る。明後日の金曜ロードショーが『千と千尋の神隠し』らしいし」

彼女は僕の乱暴な発言を意に介さず、平然としている。

「そう、じゃあチケット取っておくよ」

「ホテルはどうするの?」

「チェックインしたままにしようかなと思ってる」

 

『行かない旅行』では、2ヶ月間ホテルを予約するも、2週間でふらっと帰ることもできる。何故なら行かないから。同伴する背の低い女の子の頭もバグらせることも可能だ。

 

 

関西空港からシンガポールに向けて飛び立った1ヶ月後、僕と彼女は河原町の喫茶店で向かいあっていた。熱帯の都市国家に比べて京都はひどく寒い。窓の外ではちらちらと雪が降っている。

「結局、シンガポール戻らなかったね」

アイスティーのストローを加えたまま彼女が呟いた。

2週間前、我々は京都に“一旦”帰って来た。用事を済ませた後、シンガポールに戻る予定だったが、だらだらと過ごしているうちにこれまた2週間が経ってしまったのである。

「そうだね。普通に京都にいたね」

僕は運ばれてきたコーヒを受け取りながら答えた。

「ホテル、今もチェックインしたままなの?」

「そうだよ」

彼女は悪戯っぽい目でストローを加えたまま頬を膨らませている。あっと思う間もなく、アイスティーが泡を立てて震えた。

「今から行く?シンガポール」

我々は喫茶店を出ると、阪急電車に乗り込み、シンガポールへと向かった。

 

『行かない旅行』では京都からシンガポールへ480円で行くことができる。

サボテンを育てる青年

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新緑萌ゆる昨年の5月、私は花屋の店先にしゃがみこみ、雑然と陳列されたサボテンを眺めていた。

 

先の春に大阪のコンクリートジャングルを抜け出し、京都に根城を構えた。1Kの安アパートであるが、存外気に入っている。安アパートから安アパートへの家渡であり、家賃もさほど変わらない。しかし、ひとつだけアップデートされた箇所がある。今回の根城にはベランダがあるのだ。

 

大阪で住んでいた安アパートにはベランダがなかった。唯一の窓を開ければ、そこには無骨な灰色の壁が聳え立っていた。「日照権」というワードが頭に浮かぶ。お昼の2時間だけ、隣家の2階の窓から反射される太陽光が届くのみだ。主要河川の水源を他の国に握られている大陸の小国の気分であった。

 

しかし、今回の安アパートにはベランダがある。ベランダからの視界も良好であり、太陽の恩恵を存分に受けることができる。嬉しい限りだ。

 

新居に越してきて2ヶ月が経った。お部屋やキッチンの整備もあらかた終わり、私は最後のフロンティアであるベランダの開拓を目論んでいた。ベランダの隅には室外機があり、その上の空間を持て余している。「ここで何か育てようかしらん」そう思っていたところ、花屋の店先でサボテンが陳列されているのを見かけた。そういうわけで、サボテンを眺めていたのである。そうして、ポテっとした可愛らしいサボテンを購入した。

 

なぜ、パンジーでも薔薇でもネギでもトマトでもなく、サボテンを育てることにしたのか。

 

まず、サボテンの育てやすさにある。ご存知の通り、サボテンは乾燥地帯などの過酷な環境で生きている植物である。そのため乾燥に強く、他の繊細な植物と比較すると、簡単に育てることができる。花屋の店員さんもそう言っていた。自分の世話さえろくにできない僕である。育てやすいに越したことはない。

 

そして、もうひとつの理由は、「ベランダでサボテンを育てる青年」という観念的な響きにある。「ベランダでサボテンを育てる青年」ものすごく格好いい。優雅であり、優艶であり、洒落てもいる。これから私が歩む美しく調和のある京都生活の布石として、ベランダでサボテンを育てるのはどうだろうか。そう考えたのである。

 

例えば、背が低く可愛らしい女の子が僕の安アパートに遊びにくる。彼女は綺麗に片付いた6畳を冒険したあと、「ベランダに出てみてもいいかい?」と言って窓を開ける。そして、サンダルを履いてベランダに出る。僕は玄関からもうひとつのサンダルを持ってきて、笠木に肘を乗せる彼女に肩を寄せる。「いい景色だね」と呟く彼女に「そうだね」と相槌を打つ。そこで彼女は僕の育てるサボテンを見つけるのである。「あっサボテンだ。サボテンを育てているなんて君も存外洒落ているね」「そうね、サボテンって何か好きでさ」そんな会話がなされることだろう。既に彼女は僕に魅了されている。「ベランダでサボテンを育てる青年」という観念的な響きに魅入られているのだ。サボテンにはそういう魔力がある。背の低い女の子との蜜月を夢見て、買ってきたサボテンを室外機の上においた。

 

先日、久しぶりにベランダに出ると、サボテンが枯れていた。

 

新緑だった表皮が茶色くくすんでいる。サボテンって枯れるのか。確かに、ここ数ヶ月の間、何の世話もしていなかったなと自省する。花屋の店員さんに「サボテンの中でも育てやすいやつですよ」と言われたサボテンを枯らした。先ほどまで「サボテンを育てている青年」という名誉ある地位に立脚していたが、瞬く間に「サボテンを枯らした男」に転落してしまった。無論、背の低い女の子との蜜月には至らないうちに。

 

「サボテンを枯らした男」この事実は厳然として残る。それは僕の後半生に暗い影を落とすであろう。「サボテンを枯らした男」には何も為すことはできない。築き上げてきた信用は失墜し、地べたをゴロゴロと転がっている。

 

「この猫飼っていい?ちゃんとお世話もするし」

「でも、あなたサボテンを枯らしたじゃん」

 

もう、雨に濡れている捨て猫を拾ってきて、飼育するかどうか、交渉のテーブルに立つこともできない。完全に言い負かされている。

 

「俺、お前のこと守るから!」

「サボテンも守れない奴に?人間の私を?」

 

滑稽である。これも完全に言い負かされている。煽られてもいる。サボテンを枯らすような男に一体何が守れるというのだろうか。僕にはもう愛する女性を守るステージに立つこともできない。「お前のこと守るから」騎士のように雄々しいセリフがギャグとして成り立っている。

 

サボテンを枯らした人間はその後の人生がギャグになる。